北欧を代表する家具メーカーであるカール・ハンセン&サンと、インテリアデザイナーのハンス・J・ウェグナーによって生み出された『ワイチェア』は、誕生してから半世紀以上が経った現在でも世界中の多くの人々に愛され続けている名作椅子のひとつです。いつかは自分の家にも…と夢見ている方も多いのではないでしょうか。
世代を越えても使い続けることができると言われているYチェア。ここではその魅力に迫っていきたいと思います。
ハンドクラフトシップに基づく家具たち
ユトランド半島といくつかの島で成り立つ北欧の国・デンマーク。『人魚姫』や『マッチ売りの少女』で知られる童話作家・アンデルセンが生まれた国としても知られています。そして、デンマークだけでなく北欧を代表する家具メーカーであるカール・ハンセン&サンもまた、アンデルセンの故郷であるオーデンセで誕生しました。
そのはじまりは、1908年に遡ります。デンマークのオーデンセにて、家具職人であったカール・ハンセンによって小さな家具工房として設立されました。創業者であるカール・ハンセンは、妥協のないクラフトマンシップによる家具づくりを行う腕利きの職人として知られており、開業当時は重厚なオーダー家具の製作が中心としていましたが、1910年代中頃には、他に先駆けて機械化を導入した量産体制を整えます。機械とハンドクラフトの融合という、今につながる礎はこの頃に築かれました。
こうして小さな工房から量産可能な工場へと拡大させたカール・ハンセンでしたが、1930年代前半に起きた世界恐慌の影響を受け、家具業界全体が不振に陥ってしまいます。しかし、その窮地に立ち向かい、カール・ハンセンを支えたのが、次男であるホルガー・ハンセンでした。やがて、彼は1943年には父親とともに共同経営者となり、社名も「カール・ハンセン&サン」へと変更して、家族一丸となって工場の運営に携わっていくことになります。そして、さらにその数年後に起きた第二次世界大戦によって、大きな転機を迎えることとなったのです。
北欧家具デザインの巨匠・ハンス・J・ウェ
その大きな転機と呼べるものが、当時、新進気鋭のデザイナーとして活躍しはじめていたハンス・J・ウェグナーとの出会いでした。
南ユトランドで生まれたハンス・J・ウェグナーは、13歳から家具職人の下で修行をはじめ、17歳の時には指物師のマイスターの資格を取得。その後、コペンハーゲン美術工芸学校に入学して家具設計について学んだあと、同じく今も北欧デザインの巨匠として知られるアルネ・ヤコブセンの事務所に勤務し、オーフス市庁舎の家具デザインなどに携わることとなります。そして、独立してからは多くの家具メーカーと協力して数々の名作家具を生み出していったのです。
そして、1949年、彼がカール・ハンセン&サンとのコラボレーションにより、『CH22』、『CH23』、『CH24』、『CH25』の4つの椅子が誕生します。この4つの椅子は、今も名作として大きく評価されているものばかりであるだけでなく、ブランドが向かう方向性の大きな指針となるデザインでもありました。
そして、この時に生み出されたCH24は、その特徴的な背もたれのデザインから『Yチェア』と称されることとになります。
世界中で愛用されるYチェア
1950年、カール・ハンセン&サンとハンス・J・ウェグナーによって発表されたYチェアは、アームと背もたれが一体になっているという、今ではよく見かけるデザインですが、当時の椅子のデザインでは考えられなかった斬新な形をしています。
また、この一体化したアームから背もたれにかけてのパーツは、蒸気をあてながら木材を曲げていく『曲木加工』で作られているため、継ぎ目がなく、とても美しい曲線によって見る者に柔らかな印象を与えています。そして、この緩やかなカーブを描くアームに安定性と心地よい使用感を与えているのが、『Yチェア』の名称の元にもなった、印象的なY字形の背もたれです。
ハンス・J・ウェグナーは、Yチェアをデザインする数年前に、中国の椅子に座るデンマーク商人の肖像画からインスピレーションを得て、商人が座る明代の椅子をもとにした『チャイニーズ・チェア』をデザインしています。そのデザインをさらに進化させ、シンプルな美しさを追求したものが、Yチェアとも言われています。
大きな大人の男性でも、座ると包み込まれるような安定感を得られるYチェアは、その使用感の良さはもちろんのことながら、そして特徴的なラインを描く美しいフォルムにより、どんな空間にも溶け込み、独特の雰囲気を作り出してくれる存在感を兼ね備えています。機能性と見た目の美しさを同時に満たす椅子、と時代が経ってもさらに評価が高まるデザインは、まさにデニッシュモダンの真髄と言えるのではないでしょうか。
クラフトマンシップ溢れる作業工程
Yチェアが完成するまでに必要な製作工程は100以上にも渡ります。そのほとんどの工程は機械化されていますが、今でも重要となるポイントは職人の手によって行われています。
そのひとつが、座面にペーパーコードを張る作業です。この作業には熟練した職人でも1時間かかると言われており、また、1脚あたり120メートルの強度と耐久性に優れたペーパーコードを使用することで、長く使える座面を作り上げています。
ペーパーコードとは、樹脂を含ませた紙をよったコード(紐)のことで、革や他の素材に比べてコストも低く、品質にばらつきがないだけでなくクッション性もあり、さらに使用感も優れている等の理由から、近年、椅子の制作にもよく使われるようになりました。
また、耐久性にも優れており、革や布張りと同等の強さがあると言われています。新品の時はピンと張られたペーパーコードですが、使い込むごとに使い手の形に馴染み、包み込まれるような掛け心地に変化していくのが特徴です。およそ10~15年を目安に張り替えることで、さらに長く愛用していくことができるのも、名作椅子の特徴と言えるでしょう。